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ブラカン州のイポダムに行ってきました
昨日は、ブラカン州のイポダムへ出かけてみました。

先日紹介した、ワワダムと同様、ガイド時代に戦跡ツアーでよく来た所です。

またガイド時代の話になりますが、イポダムに関する昔話をしたいと思います。

あるツアーのガイドをした時、戦跡ツアーには珍しい若い女性が混ざっていました。

大抵は、お年寄りが多いツアーです。

この若い女性は、母親のお腹の中にいたときに父親を戦争に取られ、そのまま戦死された方の娘さんでした。

イポでの慰霊祭が終わった後、バスの中でマイクを貸してくださいと。この方が話した事を今でも忘れることが出来ません。

彼女は、もちろん父親の顔を見ることも出来ずに育ちました。

字が読めるようになって、厚生省から届いたフィリピンのイポ方面で戦死という紙を見て「イポ」という言葉が心に深く残ったそうです。

いつか、イポへ行こうと・・・

そして、このツアーの時にイポに来ることが実現できたわけですが、

来る前までは、父親を奪ったフィリピンが憎いと思っていたそうです。

今では、舗装されている道もありますが、当時ツアーの頃は、まだ道が悪く大変な思いをして出かけました。

彼女は、父親の足跡を辿って何か吹っ切れた気持ちになったようです。

もうフィリピンには、憎しみはありません。

感謝の気持でに帰国できます。と語ってくれました。

このときに私も彼女のツアーの目的が理解できました。

その後に周った地元の学校に寄った際、

お父さんがもしかしたら、子供たちになっているかもしれないから、日本から持ってきた物を、学校の子供たちにあげたらどうですか?とアドバイスしました。

彼女は、ハンカチや衣類、帽子など子供たちにあげていました。

飛んでいた蝶を見てもしかしたらお父さんかもしれないですねと、私に涙を流しながら話してくれました。

今でも、彼女の顔は覚えています。私のガイド時代の思い出です。

昨日、久し振りに出かけましたら、この時の学校の先生もまだ一人いました。

授業中にもかかわらず、中断してくれて中の写真を撮らせてくれました。本当にありがとう・・・

イポダム自体は今、水道局の管理にありますのでダムの写真は撮れませんでした。

ご勘弁くださいね。

雨季には入りましたが、水の量はまだまだ少ないなと感じました。

イポ小学校の写真はまた後で報告します。



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イポダムの玄関


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イポダムに行く途中の風景です


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ノサガライ町


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セメント工場


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セメント工場・・・近くで撮ってみました


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迫力ある岩肌


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この階段は、10年前来た時と同じでした。ここから歩いて上がった所に、日本兵の陣地があったようです


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陣地の山


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コケがきれいでした


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イポダムの玄関口にある慰霊碑


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中の様子


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イポの中にも慰霊碑があります

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水がかすかに見えます


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